2008年6月23日 星期一

二つのイノベーション 藤堂 安人

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二つのイノベーション

藤堂 安人=主任編集委員

2008/06/20 15:00

 日本の自動車産業とエレクトロニクス産業はなにかと比較されてきた。同じところもあれば,違うところもある。いずれも高い技術力を誇り,製造業発展の牽 引役である。一方で,このところ国際競争力という面では絶好調な自動車産業と,精彩を欠くエレクトロニクス産業という差が出てきてしまった。同じ日本の製 造業でありながら,なぜこのような差が生まれてしまったのか。両者には何か構造的な違いがあるのだろうか---。

 これまで様々な観点から比較・検討されてきたが,相手の良さを勉強して自らの競争力を上げる参考にしようというややノンビリしたものであったよう に思う。相手の良さを知ったところで,自分とは事情が違うという思いがあった。それがこのところのカーエレクトロニクス化の進展によって事情が変わってき た。

 自動車産業とエレクトロニクス産業という「異質」のものをうまく結合させなければ成功はおぼつかないのである。そのためにも,両者は一体何が同じ で,何が違うのかをはっきりさせたいところである。本稿ではそれを考える一つの糸口として,成長の原動力であるイノベーションのあり方が二つの産業でどう 違うのかについて,筆者が最近読んだ論文や本を紹介しながら考えていきたい。

車載半導体の開発を阻むもの

 第一に紹介するのが,東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科の竹内寛爾氏,関根誠氏,藤村修三氏らの研究グループによる「車載半導 体の開発に潜む弊害~自動車産業と半導体産業の考え方の違いが明らかに」という論文(日経エレクトロニクス誌2007年12月3日号,当サイトに転載)である。

 同論文の中で竹内氏らは,エレクトロニクス産業の中でも半導体産業にスポットを当てて,車載半導体分野における国際競争力を上げるには両者の緊密な融合 が欠かせないとしたうえで,現状では「産業間を超えた協業体制が効果的に構築されていないようにみえる」と見る(p.106)。

 この理由として同論文では,「歩留まり」「コモディティー化への危機感」「信頼性」などに対する考え方の相違があると考察していくが,その中で筆 者が特に興味深かったのが両者の間には「技術構造」の違いがあるという指摘である。すなわち,半導体産業は「サイエンス型」,自動車産業は「エンジニアリ ング型」であるという。

「サイエンス型」と「エンジニアリング型」

 ここで,サイエンス型とはサイエンス(科学)の知見を利用したイノベーションの比率の高い産業,エンジニアリング型とは既存の技術を基にした「カイゼン」などの行為によるイノベーションの比率が高い産業を指す。

 サイエンス型とエンジニアリング型では,例えば製品開発のスタイルが異なってくる。サイエンス型の半導体産業では,「現在の技術の延長線上には解はない が,将来必要となる製品性能が提示され,それに向けて多岐にわたる科学的な検討と,技術的飛躍により開発が押し進められる」(p.114)。このため一企 業にとどまることなく,業界全体でロードマップを作って,情報を共有しながら開発スピードを上げる。

 これに対してエンジニアリング型では,「解」はあらかじめ確定している。エンジニアリング型の自動車産業は,「自社の技術の引き出しから最適な技 術を選んでパッケージ化するという作業スタイルをとる」(p.113)。このため,社内調整または系列の部品メーカーなどクローズドな世界で製品開発が進 められる。

 自動車向け半導体の開発では,こうした自動車産業が持つエンジニアリング型の開発スタイルと半導体産業が持つサイエンス型の開発スタイルが混在す ることになる。竹内氏らは,「サイエンス型産業とエンジニアリング型産業のどちらに軸足を置くかで,車載半導体に対する科学観や技術観が異なってくる」と 述べている(p.114)。

「コモディティー化の危機感が大きい」

 サイエンス型とエンジニアリング型の開発スタイルの違いに関連して,興味深かったのが,エンジニアリング型産業の自動車メーカーに「コモディティー化の危機感が大きい」,という指摘である。

 自動車産業にかかわる人たちは,コモディティー化してパソコンのように価格の叩きあいのような状況になるのを恐れている。それはそうだろう。一緒に日本を引っ張ってきた製造業の仲間が苦しんでいるのを間近で見ているからだ。

 とりわけ車載半導体の比率が高まるにつれ,価格破壊の元凶のような半導体(産業)に対する警戒感があるようだ。それに対抗しようとする一つの表れ が,これまでのクローズドな開発スタイルを貫き通そうという傾向が強いことだとみる。「車載半導体においても,自動車メーカーが系列会社を巻き込んだ垂直 統合型のビジネス展開を目指すのは,自動車がコモディティー製品になることに対する防御策のようにみえる」(p.111)。

 実際,自動車メーカーが車載半導体を開発する際に,真に信用しているのは電装品メーカーであって,半導体メーカーではないようだ。この論文の中で も,ある自動車メーカーで電装部品を開発する技術者の談話として,「やりたいことの7~8割は電装品メーカーと共有して計画を練る。半導体メーカーに伝え る情報は,話がまとまった中の1~2割程度。システムの上流部分は我々のノウハウなので,技術課題に落とし込んだ上で半導体メーカーに伝えている」という コメントを紹介している(p.111)。


技術流出しやすいのは

 ここで考えてみたいのは,半導体は「サイエンス型」だから技術流出しやすく,一方で従来の自動車技術(機械技術)は「エンジニアリング型」だから技術流出しにくい,という「法則」のようなものがあるのではないかということである。

 例えば,日経ものづくりが発行した『日本,ものづくりの神髄』という本の中で三菱化学社長の小林善光氏(インタビューの抜粋)は,サイエンスに基づく研究は自社でやるよりもむしろアウトソースして,それを使った事業化を自社で進めるのが大切だとしたうえで,次のように語っている(p.136-137)。

 事業のネタとしても,あまりサイエンス化していないものの方がやりやすいのです。例えば結晶を研磨する場合,研磨剤は 買えるけど,結晶をどう研磨するか,水を拭きつけながら何度で磨くかということは,ノウハウの塊です。こういうのは隠せる。ところが理論的に解明できる技 術だと,米国帰りの中国人など優秀な人が見れば全部分かって,すぐにライバルが出てきてしまう。
 秘伝のたれとか職人技というのは,サイエンスになっていないから持っていけないんですな。しかし,だからといって日本がいつまでもそこにとどまっていい のかというと,それは違うかもしれない。次を考える必要がある。フレーム・ワークテクノロジーを革新して,日本が適正な利益をビジネスとして取れるような 仕掛けを考えるべきだと思っています。

 この小林氏の話から考えられるのは,形式知として系統的に学習できるサイエンスは,アジア諸国にとってむしろキャッチアップしやすいということである。例えば,半導体材料の研究分野では,中国の躍進が著しいというブログを日経マイクロデバイス編集長の朝倉博史が書いている。

 同ブログでは,透明酸化物アモルファス半導体の研究で有名な東京工業大学教授の細野秀雄氏の談話を紹介している。細野氏は,物理ではPhysical Review Letters,化学ではJournal of the Amarican Chemical Society(JACS)といった権威のある論文誌があるが,「両誌とも論文数で日本は中国にとっくに抜かれている」という。その差ができた要因とし て,中国は研究者の絶対数が多いことと,研究環境に恵まれた米国に深く入り込んでいることの2点を挙げ,危機感をあらわにしている。

 もちろん,学生の理科系離れが問題視される中,日本もこうしたサイエンス分野の人材育成は非常に重要だが,筆者が一方で感じたのは,このブログのコメントでも書いたのだが,材料分野でもサイエンス型とエンジニアリング型の二種類があるのではないか,ということである。


中国がサイエンス分野で強い理由

 中国が半導体材料の研究分野で躍進しているのは,それがサイエンスの段階だからだと考えられる。イノベーションという面では,問題はその先の事業化の段 階である。例えば,サイエンスの知見を元に装置を買ってきてすぐに製品になるような状況であれば,中国の競争力は製品レベルでも急速に高まるであろう。

 半導体の種類にもよるが,新規の半導体材料を使う場合,既存の装置は存在しないことが多い。このために,サイエンスの比重が高い半導体産業とはい え,事業化にはエンジニアリング型のスキルが必要とされる比率は高いはずである。そのエンジニアリング部分のキャッチアップは難しいと考えられる。これは 「エンジニアリング」の比重が高い炭素繊維では中国はなかなかキャッチアップできないという事情からも類推できる(以前のコラム)。そこから,ブログへのコメントで書いたように,中国で発明された材料を,日本のエンジニアリング力で実用化にもっていくという連携の仕方があるのかもしれないとも思う。

やっぱり,メモリ

 この「サイエンス型の半導体産業におけるエンジニアリング型スキルの必要性」という意味で興味深かったのが,オムニ研究所オムニTLOイノベーション推 進本部本部長の湯之上隆氏が『日経エレクトロニクス』誌2008年3月10日号に寄せた論文「半導体生産の国際競争力を分析。安いメモリで新興市場を狙 え」である。

 湯之上氏は同論文の中で,日本の半導体メーカーが競争力を上げてきたのは,様々な半導体の中でも一度撤退したメモリだとして,その要因を分析している。それによると,半導体産業は「擦り合わせ型産業」だとして次のように書く(p.119)。

 半導体は擦り合わせ型産業である。歩留まりの早期向上と安定化にはチームワークと,トヨタ自動車がいうところの「改善」が必要になる。異論があるかもしれないが,既存のメモリ製品は独創的な設計力よりも前工程のプロセス技術が競争力を左右している。

 ここで「擦り合わせ」という言葉が出てきたが,これは製品を構成する各部品を相互に調整して最適設計しないと製品全体の性能が出ないタイプの製品 (アーキテクチャ)を指す。「擦り合わせ能力」といった場合は,「部品設計の微妙な相互調整,開発と生産の連携,一貫した工程管理,濃密なコミュニケー ション,顧客インターフェースの質の確保など」(藤本隆弘氏著『ものづくり経営学』光文社新書)を指す。つまり,擦り合わせ型アーキテクチャの製品と擦り 合わせ能力が合致したときに高い競争力が出ることになる。

 擦り合わせ能力は戦後の日本企業に偏在していたと言われることから,擦り合わせ型の自動車産業で競争力が高まった,という説明がされている。半導 体産業も湯之上氏の言うとおりに擦り合わせ型産業ならば,自動車産業と同じように,半導体産業も擦り合わせ能力がモノをいう産業だということになる。


「見えないマージン」

 本コラムでも以前に,日本の半導体産業の製造現場には,後工程のことを考えて仕様書にない「見えない」マージンをのせる改善活動を行う慣習があったという話を書いたことがある(これに関連した以前のコラム)。ということは,日本の東芝やエルピーダメモリが,各々フラッシュ・メモリやDRAMで競争力を上げてきたのは,積極的な設備投資が主因だといわれているが,さらにその背景には半導体産業は擦り合わせ型の要素をもっていたという面があるということになりそうだ。

 色々な用語が出てきて恐縮だが,「擦り合わせ型」と,冒頭で述べた「エンジニアリング型」というのは類似した概念であると考えられる。そうなると,半導 体産業は,「サイエンス型」といっていいのか,「エンジニアリング型」といっていいのかよくわからなくなってくるが,サイエンスをベースにしつつも,エン ジニアリングの要素が加わったものなのだろう。だとしたら,メモリはSoC(System on a chip)など他の半導体に比べて「エンジニアリング」の比率が大きい半導体ということなのかもしれない。

 そう考えていくと,日本メーカーは,結局のところ本来得意な分野でしか競争力を上げることは難しいのだろうか,という複雑な思いにもとらわれる。 湯之上氏はちなみに,同論文の中で,韓国メーカーはマーケティング力に優れ,台湾メーカーはSoCを設計・製造する仕組みの構築力に優れていると述べてい る。この二つの能力はいずれも,「サイエンス型」や「エンジニアリング型」とはまた別のものだが,日本メーカーがなんとか手に入れようと躍起になってきた ものだ。結局,得意でないものには手を出さない方がいいのか,得意でないからこそ「多様化」のために手を出した方がよいのか,考えさせられる論文であっ た。

ムーアの法則が適用できる条件とは

 さて,自動車産業とエレクトロニクス産業の間にある違いの中でもう一つの重要なポイントを挙げると,イノベーションのスピードがある。「サイエン ス」と「エンジニアリング」というより,「ムーアの法則が働きやすい世界」と「ムーアの法則が働きにくい世界」と言ったほうがいいだろうか。

 ムーアの法則とイノベーションの関係を考えるうえで参考になったのが,上武大学大学院経営管理研究科教授の池田信夫氏が書いた『過剰と破壊の経済学~「ムーアの法則」で何が変わるのか?』(アスキー新書)である。

 池田氏はまず,なぜ「半導体の集積度は18カ月で2倍になる」というムーアの法則が実現した要因を4点にまとめて分かりやすく解説する。すなわち (1)豊富に存在するシリコンを材料としているため素材の稀少性に制約されない技術革新が可能になったこと,(2)プレーナ技術によって工程が単純化され たこと,(3)特定の用途に依存しない汎用の半導体が大量生産されることにより,量産効果が劇的に上がったこと,(4)すべてのコンピュータに必要な汎用 部品であるために市場規模がきわめて大きかったこと---の4点である。


 とりわけここで注目したいのは4点目だ。池田氏はこうした需要拡大にともなう技術開発のあり方について次のように書いている(本書p.33)。

 (前略)つまり通常の技術開発にともなう「商品化してうれるのか」というリスクがまったくなく,技術進歩にも一定の方 向が決まっていたので,問題はいかに集積度を高めるかという「戦術的」な意志決定だけだった。このため技術力さえあれば,どんなメーカーでも開発でき,激 しい技術競争が進んだ。

 半導体産業は基本は「サイエンス型」ではあるが,その技術進歩のスピードを上げるためには,ここで言う「一定の方向」つまり,あらかじめ決められた 「解」に向かって技術革新を高速化させた。これは前述したように,「解」に向かって改善を進める「エンジニアリング型」の開発スタイルそのものであり, ムーアの法則の背景にはエンジニアリング型の要素があるということだと考えられる。

スピードを巡る「衝突」

 こうした「ムーアの法則」を経験している半導体産業は,車載半導体の開発場面でも,スピードよりも信頼性を重視する自動車産業と「衝突」することになる。

 冒頭で紹介した論文「車載半導体の開発に潜む弊害~自動車産業と半導体産業の考え方の違いが明らかに」でも,半導体産業が車載半導体のプロセスの 微細化やウエハー・サイズの大型化を進めようとしても,新プロセスを採用するといったん100%近く上がった歩留まりが再び下がってしまうので,「何でま た60%に落とすような技術開発をしなければならないのか」という声が自動車産業からは上がると言う話を紹介している。

 この認識の違いの理由は様々であるが,もっとも大きいと思われるのは,デジタル家電が壊れてもめったなことでは人は死なないが,自動車では死ぬ可 能性があるということである。同論文では,自動車産業と半導体産業の両方の経験を持つある事業部長の「どこかでエンジンが止まって,人が死ぬ可能性はあ る。半導体を製造する人が,この大変さを本当に理解しているかというと,必ずしもそうとは言えない。車載半導体といっても,本質的には理解していないので はないか」という談話を紹介している(本論文p.113)。

 ただし,日本の半導体メーカーもかつてはメイン・フレーム向け半導体で高い信頼性を誇っていた。「ライフラインを制御するメイン・フレームが故障 すれば自動車同様,人命にかかわる問題になるのは同じである」(p.115)。その意味で,日本の半導体メーカーは,「高い信頼性」と「急速な技術革新」 の両方を「理解」していると思われる。車載半導体の世界でこれらをどうバランスさせて着地させていくのかがこれからの課題であろう。

ムーアの法則と破壊的イノベーション

 さて,最後にみてみたいのが,「ムーアの法則」が自動車産業を変革する可能性についてである。これに関連して筆者が参考になったのが,先ほど紹介した池 田信夫氏の『過剰と破壊の経済学』の中に出てくる,ムーアの法則と破壊的イノベーションの関係について書いた部分である。

 「破壊的イノベーション」はクレイトン・クリステンセンの言葉だが,その著書の中でハードディスクを例にとって技術革新には一種のサイクルがある ことを明らかにしている。初期には垂直統合で内製化するが,規格が普及して業界標準になると,各部品のモジュール化が進んで,互換部品が登場する。そして その互換部品のモジュールを組み合わせて純正品より低価格・低性能の「破壊的イノベーション」が出てくる。

 そして,池田氏は,「これに対して,先行企業は既存の技術を高級化する『持続的イノベーション』で対抗しようとするが,やがてムーアの法則によっ て破壊的技術の性能が持続的技術を変らない水準に高まる。製品がコモディティ化して価格競争になると,高コストの持続的技術は敗退する」と書いている(本 書p.112)。

 破壊的イノベーションはよく知られた概念であるが,筆者が新鮮だったのは,ムーアの法則に表される半導体の急激な技術進歩が破壊的技術の進展を速 めるということを,改めて関連付けて認識したことであった。そのムーアの法則を推し進めているのが,日本が得意なエンジニアリング力が関係している(アジ ア諸国への技術流出含めて)としたら,日本のエレクトロニクス産業の苦悩を考えると皮肉なめぐり合わせのようにも思うのである。

自動車に「破壊」は起こるか

 ここで話を車載半導体に戻すと,先ほど見たように信頼性の問題なとデジタル家電などとの違いはあるにせよ,ムーアの法則という“怪物”が自動車の内部に入りつつあることは間違いないだろう。

 その場合に,どの部品がムーアの法則というレールにのって急激な技術革新を遂げるのか,その速度はどの程度で,その結果出てくる「破壊的イノベー ション」は何か---を見極めて行く必要がある。ムーアの法則にのって走り出すのは,半導体なのか,電池なのか。破壊的イノベーションは,電気自動車なの か,オモチャのような超小型車なのか・・・。

 そのうえで,自動車メーカー,電装品メーカー,電子部品・半導体メーカーは協業のあり方を見直し,最適化していく必要があるだろう。これまで見た きたように,サイエンス型といわれる半導体の分野でもエンジニアリングの要素を加えている。エンジニアリング型といわれる自動車産業もサイエンスの要素を 取り入れている。「融合」の経験はある。こうした経験を生かせば,カーエレクトロニクスの世界でも新しい「融合」の可能性はみえてくるのではないかとも 思った。

藤堂 安人=主任編集委員



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