2012年9月9日 星期日

日本"政治塾"風行 「維新政治塾」橋下徹

 

 《東京前線》日政壇震撼彈 大阪市長組黨進軍國會


四十三歲的日本大阪市長橋下徹,是目前日本政界超人氣政治家。 (法新社)
駐日特派員張茂森/特稿
如果在即將來臨的日本國會總選舉中,大阪市長橋下徹率領剛改名的「日本維新會」真的在國會一舉掌控過半議席,日本政治史將被改寫,出現「地方首長指揮首相」的新紀錄!
43歲橋下徹 右翼改革派
現 年四十三歲的大阪市長橋下徹,同時也是「大阪維新會」領導人,目前在日本政界的人氣可說是空前絕頂。橋下徹先前仿照十九世紀中葉江戶末期志士坂本龍馬的 「船中八策」,提出「維新八策」做為救國指導原則。在媒體不停炒作下,幾乎被日本國民當成「現代版的坂本龍馬」,在目前一年換一位首相的政治混亂期中,很 多人相信只有橋下徹才有能力改革中央政治。
府知事降選市長 轟動日本
律師出身的橋下在二○○八年首次轉進政界,一舉當選為大阪府知事,但他去年居然辭去知事一職,「自貶」身價參選大阪府轄下的大阪市長而當選,讓他率領的地方政黨「大阪維新會」一時聲名大噪,橋下的聲望也隨之登上日本政界頂端。
大阪維新會 掀八策旋風
日本從二○○六年九月小泉純一郎首相下台以來,每年換一位首相,長期政治不穩定也拖累日本經濟,讓日本逐漸淪為「二流國家」。這種情形刺激了保守派政治家抬頭,橋下徹便是典型的例子,不少憂國志士紛紛投靠「大阪維新會」,包括幾位不惜從民主黨出走的現任眾議員。
由於野田內閣處理消費稅或北方領土、竹島與尖閣諸島(釣魚台)等領土爭端的做法,無法獲得國民滿意,執政黨民主黨幾乎四分五裂,導致下野六年的自民黨復辟似乎出現一線曙光。然而,在即將到來的黨總裁選舉中,自民黨又出現內部群雄割據、互不相讓的局面。
月中組新黨 將推350人參選眾院
在此情況下,橋下徹的「大阪維新會」八日召開大會,決定組成新黨,由橋下出任黨魁,預定在「維新政治塾」約八百名學生中提名三百五十人到四百人角逐眾院議席。從各種評論和媒體的分析來看,橋下的新黨在下次眾院選舉中一舉掌握半數以上議席的可能性極高。
如果新黨「日本維新會」真的贏得半數以上議席,由於橋下宣布不辭大阪市長,只任黨魁,「日本維新會」的議員所推出的新首相,將在大阪市長橋下徹指揮下統籌國家大事,而成為日本政治史上的新例。對此,也有不少日本人擔心,地方指揮中央可能使日本政治陷入更深的泥淖。
亂世出英雄是歷史定律,但橋下徹的「八策旋風」是正牌貨、還是只是媒體炒作下的產物,現在誰都無法斷定。日本政治是否能夠全面改革,最後關鍵還是操在日本選民的手上。

 

 2012.5.8

政治塾ブーム、素人も続々 古代アテネは抽選で公職選出

写真:ラトゥールによるジャン・ジャック・ルソーの肖像=AP拡大ラトゥールによるジャン・ジャック・ルソーの肖像=AP
 政治塾がブームだ。橋下徹大阪市長の「維新政治塾」には受講生が殺到し、名古屋市長は「河村たかし政治塾」、愛知と滋賀の県知事も私塾を立ち上げた。政治への“素人”参加は民主主義の基本。期待は高まるが、つい最近、失望した人の声もよく聞くのだが……。
 パーカにジーンズ、左耳にはピアス姿の菊地太陽さん(28)は、留学先の米ロサンゼルスから東京・羽村市に帰ったばかり。DJパーティーを企画していたというのもうなずけるいでたちだ。
 帰国してから求職中。維新政治塾の受講生だ。「この20年、日本の政治家はなにも決められず、なにも変わらなかった。信念を貫く橋下さんの姿勢に共感し た」と話す。全国的な橋下人気で既成政党は維新政治塾に戦々恐々だ。菊地さんも「政策にひかれたのと、今がチャンスという気持ちが半々」と正直に明かす。
 青森空港からバスとローカル線で1時間半、駅からさらに20分歩いた田舎館(いなかだて)村役場で、鈴木和久村議(54)に会った。2007年に当選。地元の自民党衆院議員を支えた。一度県議に挑戦したが民主党の推薦を得られず落選。維新政治塾に参加し、国政を狙う。
 「地盤(後援会)、看板(知名度)、鞄(かばん=カネ)がないと代議士は無理だという時代は終わっている。維新塾は、烏合(うごう)の衆のように見えるかも知れないが、維新塾を馬鹿にするのは有権者を馬鹿にするのと同じ」
 鈴木さんの言うように、政治家の作られ方は確かに変わった。かつて自民党では、市町村議→県議→国会議員へと階段を上り、経験を積んで大臣、首相をうかがった。旧社会党でも、労組から人材が引き抜かれ、政党こそが人を陶冶(とうや)した。
 「先輩が若いやつの面倒をみるというのが、ゼニ金じゃなく、なんとなく引き取って育てるという感じがありました。僕はその典型的な一人だと思う。田舎出 の県会議員上がりのね」。故・竹下登元首相は回顧録『政治とは何か』でそう述べる。修業過程で調整能力がつき、役所のつつき所を学び、人脈もできる。
 対して1979年に故・松下幸之助氏が開いた松下政経塾。「世襲政治家、官僚、労組出身以外で政治家になるのは難しい状況を打破」するのが理念の一つ。 野田首相ら民主党で国会議員が輩出したが、榊原英資『なぜ日本の政治はここまで堕落したのか 松下政経塾の大罪』、八幡和郎『松下政経塾が日本をダメにし た』など出版が相次ぎ、すこぶる評判が悪い。素人集団で官僚の操縦法を知らず、かえって操られているという批判だ。
 今の政治塾の参加者の多くも、政治の世界ではアマチュア。大丈夫なのか?
 現代民主主義の思想的基盤になった18世紀の思想家ルソーは、『社会契約論』で「統治者及び行政官の選出は(略)抽籤(ちゅうせん)による選出が民主制の本性にふさわしい」と書いている。究極の素人主義だ。
 ルソーの指摘がイメージしているという古代アテネでは、権力はくじでの選出と短い任期で細分化され、兵役を含め多くの公職を市民が順繰りに務めた。
 『丘のうえの民主政 古代アテネの実験』の著者、橋場弦(ゆづる)東京大教授は「最盛期でも人口6万人という規模だからできた側面はあるが、博物館行き の政治思想とは思わない。古代アテネでは、生活者であると同時に政治・行政にも知識関心を持つ『万能の素人』の生き方を理想とした」と話す。1人のカリス マにすがる今の日本の「お任せ民主主義」とは最も遠い、とも感じている。
 仲正昌樹金沢大教授(政治思想)は「ルソーの生きた18世紀に比べてさえ、現代の文明社会は政治の課題があまりに多い。官僚が知っていることを政治家が すべて把握するのは不可能だし不必要だ」とみる。そしてこう話す。「政治家の役割は、選択肢を作ること。例えば原発を全部止めたらこれだけ電気料が値上げ され、企業にこういう影響が出る。どうしますか?と、国民に選択肢を複数示す。茫洋(ぼうよう)とした国家観を語ることなどではない。そのための整理・討 論能力を鍛えるのなら塾も有用なのだが」(近藤康太郎)

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